11月は恒例の秋のバイク旅のはずだが、防波堤釣りに熱中したり家族行事をこなしたりしていたら出そびれてしまった。でも今年最後のキャンプだけはしたく、定宿の浜名湖畔の渚園キャンプ場で行くことにした。ついでに以前から気になっている久能山に行ってみよう。今回は「家康を訪ねるバイク旅」をサブタイトルとした。

① 移動や観光はそこそこにして、キャンプをゆっくり楽しみたい。
② 予報通り11月ながら真冬の寒さだったが、毎日爽快な晴れだった。
③ 走行距離950km、6泊7日、焼津のホテルに2泊した後、浜名湖渚園でキャンプ4泊
④ 一応「家康を訪ねるバイク旅」としているが、久能山と浜松城しか訪れていません。
◆今回のブログは、2部に分けています。
久能山東照宮
11月16日(日)
今日は自宅から焼津のホテルまで移動のみ、時間はたっぷりあるのですべて下道、いつもの山中湖から富士山を周回し、距離189㎞。
11月17日(月)
9:30久能山下にバイクを停めた、快晴だ。

ロープウエイはあるが、もちろん歩いて登る。目指すはあの山の頂上、かなり急勾配の山ですね。

古びた石の階段がジグザグに、全部で1,100段くらいらしい、あっという間に汗が噴き出した。

「おーー!」快晴の空の下きれいな駿河湾が眼下に、なんという景観。

意外と簡単に到着した、1,100段もあったかな~~。重要文化財の楼門。

徳川家康を祀る久能山東照宮の御社殿、国宝ね、元和3年(1617)創建、権現造の形式をもつ複合社殿。ボクの感想は、古い建築物は時代を感じさせ朽ち果てて欲しい、こんなにピカピカと輝いていてはちょっと興ざめするなぁ~。まあ創建当時はどれもこんな感じだったんでしょう。

一番高いところにある家康さんが埋葬された神廟、つまりお墓
ここのベンチで涼んでいたら、隣に座ったご夫婦から
「家康さんのお墓は日光東照宮では?ここ久能山東照宮は何ですか?」
と質問された。
歴史好きのボクは、
「家康さんは晩年を静岡で過ごしそこで亡くなり、遺言で久能山に埋葬され・・」
と、得意面を押し殺し回答。
でも続けて
「えっ!家康さんといえば江戸城なんじゃ?」
と質問された。
ーーなるほどね~~、普通はそう思うよねーー
ただご夫婦の真剣なお顔にボクも急に不安を覚え、その場でググって間違いないことを確認。
ほのぼのとしたこの会話に、気持ちはほっこりしました。
ちなみに家康さんの遺言で、
「一周忌に自身の遺骨を日光に分骨せよ」
つまり、久能山と日光の両東照宮に遺骨が埋葬されていることになる。
このあと境内の博物館で、この分骨の真偽についてビデオが流れて興味深く見入っていたが、45分もの長いビデオなので途中退席、どうも日光には埋葬されてないらしい、後でネットで探してみよう。

家康さんの遺言で、お墓は西向き。その理由は将来徳川を倒す勢力は西から来るためと思っていたが、資料では生まれ育った地や京都が西方にあるためと記載されていた。

博物館に展示されていたスペイン国王から家康さんへ贈られた時計、あの時代のこんな精緻な時計とはまったく驚き。オランダではなくスペインも興味深い。館内は写真撮影不可、この写真はネットから頂いております。
日本平・三保の松原

富士山と日本平の石碑とバイクが一緒に撮影できる絶好のポジションが空いていた。が、だいたいこういうケースは、実際の感激や景色が描写されないつまらない写真になってしまう。

けっこう寒いのに、富士山には雪が少ないネ。


日本平夢テラス、木造が素晴らしい。

テラス上は得意の三脚は禁止、何とか工夫して自撮りしたがまあ素晴らしい景観は撮影できないね。

三保の松原、20年位前だろうかボクの最高のお客さんだった方と、出張の合間にここを訪れたことを思い出した。

<遠州バイク旅 2025秋 1/2編 終わり>
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