美濃尾張の城巡りのバイク旅 2025年【前半】

日本中を旅する歴史好きには、まずこの地方の城を見ておかないと、どうも片手落ちだ。

 バイクツーリングとキャンプの季節がやってきた。今年最初は、美濃と尾張地域のお城を見学する旅にした。歴史好きとしては、濃いドラマが多かったこの地域を自分の足で廻っておかないと、他のところで歴史に触れてもピンとこないことが多い。
 今回訪れた城は、犬山城、小牧城、岐阜城、清洲城、大垣城、墨俣城。旅は9泊10日(キャンプ4泊、ホテル5泊)移動距離は1,215kmだった。

1日目 浜松へ

4月18日(金)
 渋滞を避けるために6:50自宅出発、いつもの道志道から山中湖を通り、御殿場ICから浜松北ICまでは高速道路を奮発した。でもバイクの高速道路って退屈で眠いネ、しかも天気は良いが寒い!。
 今夜は浜松の、Ogawa Camp Fieldキャンプ場。移動距離:259km
 
 キャンプ場は平日なので、ソロのオヤジが5人だけ、お互い孤独を楽しめる距離でテントを張ったが、釣りしている間に、ボクの真横に大きなファミリーテントが建ち、子供3人が走り廻り雰囲気が激変していた。
 『ゲェ~最悪!空きサイトはいっぱいあるのに~~!』
と腹が立ったが、お父さんが丁寧に挨拶とお断りに来られ心は解けた。なんと素晴らしい!子供達が一気に可愛く見えた。会話は全て聞こえるが、子供達はわがままは一切言わず穏やかで素直、良いしつけをされている、ちゃんとした父親だからでしょうね。

道志辺りはまだ桜が美しく咲いていた。まだまだ寒い、ダウンを着込んだ。
定宿にしている浜松の渚園キャンプ場は予約不可、今回は、Ogawa Camp Fieldに初めてテントを張った。
半年ぶりのバイク&キャンプ、ようやく自分の世界に戻って来た感じ、ソロキャンパー5組だけだったが・・。
目前の気田川で釣りをしたが、アタリ無しだった、魚の気配を感じられず、翌朝以降は釣りをせず。
サイトには空きがあるのに、この後、すぐ右に5人家族のテントが。ソロキャンプは静けさを求めているが・・
バイクを眺めながらビール、これぞバイクキャンプの醍醐味

2日目 スズキ歴史館

4月19日(土)
 6:00起床、隣の子供はちゃんと挨拶してくれ、ボクは完全に祖父モードで返答した。コーヒー2杯と読書。今日は停滞日、スズキ歴史館に行った。
 夕方キャンプ場に戻ると、土曜なので様相は一変し、家族かグループキャンパーばかりで大いに賑わっていた。ソロキャンプはボクだけのようで、昨夜と違って肩身が狭い。お隣の家族も2泊目。

実はトヨタとホンダが好きなんだが、スズキの独自の路線は本当に素晴らしい、敬意を持って見学した。
事前予約は必要だが、無料である。三脚での自撮りは不可の施設が多いが、何も言われなかった。
35年前のボクの愛車、ジムニーSJ30、幌タイプ、コイツはとっても楽しい車だった。今でも通用するデザインだ、欲しい!
スズキも織機の発明と開発から始まった会社だったとは知らなかった。この織機のメカニズムは複雑なのね。
懐かしい車とバイク、ずっと昔から独特の特徴あるマシンばかりと再認識、やっぱり人真似ではダメね。
まだ14歳でバイクに興味を持ってしまった頃のマシンが並んでいる、あまりにも懐かしすぎのバイク達、
今日は土曜日、隙間無くテントが並び、賑やかな声が響く、今夜はボクはイヤホン装着だな
ボクの定番料理、家では作らないキャンプだけの飯、ゴミや洗い物を少なくするのも必要条件
今夜はソロキャンパーはオレだけだろう、楽しそうな会話が聞こえる中、焼酎お湯割りを楽しむ。

3日目 移動 浜松→犬山

4月20日(日)
 5:45起床、今日は不思議とテキパキと撤収作業が出来、7:30には出発準備完了、お隣のお父さんに挨拶して出発した。
 R157、R473、R257と田舎道を快走、まだ桜が咲いているところあった。途中道の駅いなぶに寄ったら、バイクがいっぱい居た。ずっと下道で良かったが、恵那ICから多治見ICまでは中央自動車道を使い、今夜から2泊の宿、アウトドアベース犬山キャンプ場に到着した。移動距離:168km

静岡県の奥地を走る、車が少なく快適な道路が多かった。
去年の九州往きの時にも寄った道の駅上矢作。この辺りは高度が高くまだ桜を楽しめたが、寒い。
日曜、多く居たデイキャンプ組は17時には全て帰った、今夜はソロ2組だけで、静かだ。
陽が長ので、夕方はのんびり読書する時間がある。鳥の声が響き気持ちよい。
普通は3分でシャワーは終わらないが、今日は手際が良かったのか100円で済んだ。

4日目 犬山城と小牧城

4月21日(月)
 朝はひどく寒く、完全真冬の格好になった。さて今日から4日間、美濃と尾張のお城巡りだ。
 国宝犬山城、こぢんまりとした城、ここは城自体も良いが、木曽川沿いからの眺めの方が最高なんでしょうね。犬山の町を散策した。次は小牧城、ちょっとした丘の上にあり、お城自体は復元モノ、小牧が歴史上いかに重要な町かが強調されていた。
 キャンプ場に戻れば、オヤジのソロが4組だった。明日の雨が強そうなので、今夜でキャンプは終わりにしたが、ちょっと残念。

犬山城登り口にある三光稲荷神社、まだ朝早かったから写真が撮れたが、下ってきた頃は順番待ち
犬山城の美しさは絶壁に建つこの景観でしょうね。木曽川沿いに眺めるのが良いのかな。
現存する天守では、最も古いと言われる。1,585年頃らしい。別名は白帝城。
華美な装飾が無いから、戦国時代の息吹が感じられる。城主はめまぐるしく変わっている城。
天守からの木曽川の眺めは息を呑む、ポッコリの山は伊木山、ただ手前の人工的な河口堰は興醒めやね。
当時はもちろん計算とかせず職人のカンで、構造物のサイズを決めてたんやねと感心しているボク。
遠くに犬山城が見える城下町を歩く。通りの両側は洒落た現代の飲食店が並ぶが、全く興味なし。
小牧城、内部は歴史資料館、この城が歴史上果たした大きな役割を詳しく解説していた。
小牧城は濃尾平野に屹立、天守からは四方が展望できる。信長は、清洲城→小牧城→岐阜城と居城を移動したんやね。
発掘調査で表れた野面積みの石垣、小牧長久手の戦いのときに家康と織田信雄が作った
小牧山のふもとに歴史情報館、”れきしるこまき”、この小牧山を取り巻く歴史がわかりやすく展示
明日からホテル泊、今旅ではキャンプ4泊と物足りない。まあ今回は町の中を旅するから仕方ないか

5日目 岐阜城

4月22日(火)
 キャンプ撤収、持参品をホテル泊用に仕分けるのでえらく時間がかかり、9:30出発。
 ロープウェイは使わず歩いて金華山(岐阜城)に登る、登山道は、一番傾斜が緩いめい想の小径を往復したが、実際は結構な急登であった。こんな険しい山頂に、あの時代に、本当に城が作れたのか?建築屋の端くれとしてとても信じられない。
 宿泊は羽島デイリーホテル、これから3泊する。

金華山岐阜城、高度差は300mだが、どこも急勾配で急峻な山、せっかくなので歩いて登ろう
緩やかなピクニック道の ”めい想の小径”を登る、前半はこんな感じで楽だったが・・。
後半は急な岩の坂、大汗でぐっしょり、ジーンズじゃ暑くって。ちなみにこの岩石の名前はチャート。
頂上で大阪からのオジサンが親しく話しかけてくれた。何と一番険しい道を登ってきたそうです。若いです!
山頂の天守、45分で登ってきたが、ちょっとした登山の達成感、風が清々しい。
天守からは長良川の眺めが美しい。滞在中は、どこからでもこの金華山と天守が見えた。
現代に作られた天守だが、こんな建造物を450年前に作れるのだろうか?まずは資材の荷揚げは?
山頂付近にあの当時の石垣があるから、やはりかなりの建造物がこの険しい山の上にったのだ。
やっぱりこの山をこんな風に要塞にしたのだ、重機械を使わず人力だけで、信じられない。
信長ファンでは無いが、去年安土城と今回岐阜城を登坂してわかった、やっぱりこの人は壮大なのだと。
山麓には信長公居館跡がある。そうだ、ブラタモリでも紹介されたところだ。
「地上の楽園」と称す宮殿を建設、軍事施設に加え「魅せる」おもてなし空間を創造
発掘調査、巨石を並べ金箔瓦の建物、巨大な岩盤を背景にした庭園などがここにあったらしい。
ふもとは美しく広い庭園が整備されている。岐阜城、大満足でした。

〈美濃尾張の城巡りのバイク旅 2025年【前半】 終わり

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