2020年11月28日
北京原人「周口店遺址公園/猿人洞」に行く
以下説明
周口店遺跡は北京西南の房山区に位置する旧石器時代の遺跡群。スウェーデンの地質学者J.G.アンダーソン博士が周口店の龍骨山一帯に化石が埋まっているのを見つけたのは1918年。その後1921年からアンデショーン博士の指導のもと、北京大学考古学者・裴文中氏ら国内外の考古学者が共同で発掘を開始した。多数の動物化石を発見しながら、ついに人類の臼歯の化石を発掘。この新発見の人種は「シナントロプス・ペキネンシス(北京原人)」と命名された。これは人類の歴史数十万年繰り上げるという世界を震撼させた考古学的ニュースた。さらに1929年、北京原人のほぼ完全な頭蓋骨化石が発見。これによって頬骨が突き出て、鼻は横に広がり、歯も大きめ――という約50万年前に生息していた北京原人の様相があきらかになった。その後も発掘は続き、約3万年前に生息していた山頂洞人(上洞人)の化石、哺乳類の化石、石器、火の利用跡など貴重な考古学資産を発見。周口店は生物学、歴史学において極めて重要な場所となった。しかし1937年日中戦争勃発のため発掘作業は中断。1949年中華人民共和国建国後も発掘作業は再開されなかったのだが、2009年6月24日、風化が進んだ遺跡の補修をメインとした発掘作業がスタート。
盧溝橋
以下説明
北京西南の郊外の永定河にかかっている。建造は1189年で、1192年に完成した。マルコポーロが“世界上最美麗的橋”(世界で最も美しい橋)と絶賛したため、マルコポーロブリッジとも呼ばれている。北京市に現存する最古の石造アーチ橋であり、また中国三大著名古橋(他の二つは河北の趙州橋、福建泉州の洛陽橋)の一つでもある。全て白石で造られており、全長266.5m、幅9.3m、11個のアーチからなり、両脇の「石欄雕柱」(石彫刻の欄干)にはそれぞれ形と大きさの異なる石獅子485匹が彫られてる。その彫刻技術は精美で、貴重な芸術品でもあり、橋の両端には石造「華表」が4座、石碑が2座ある。東側の石碑には乾隆帝の御書「盧溝曉月」の四文字が彫られている。かつての有名な燕京八景の一つ。現在は北京十六景の一つである。
1937年7月7日に”盧溝橋事件”が起き、日中戦争が勃発した所として知られている。現在、その近くに中国人民抗日戦争紀念館がある。
日本人の証、パスポートかざし写真撮影
これから、抗日記念館に入ります。
堂々と
先人達に感謝!
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